Soul Cherish

池岡クリニック公式 Blog

自分のことを喋るのは快感ね!

 内科の病気の70%は問診で診断がつくといわれる。もっと多かったかな。

 そして診断が誤るのは、知識がないというよりもうまく聞き出せないことが主因なのだ。具合が悪くて来ているからそのことを話すだろうになぜわからない?と思われるかもしれない。主たる症状は勿論話していただけるが、そこから病気を絞り込むのに必要ないくつかのファクターを訊きだすのは案外難しい。質問の仕方が悪いのかもしれないし、患者さんが案外忘れていることも多い。診察室から出るときに、思い出したように振り返って言われた一言で判断が逆転するという経験は多くの臨床医がしていると思う。

 「人間は自分のことを喋るのが大好き!」というのが脳科学的に証明されたという記事が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された。

 

 自分について話すことが、食べ物やお金で感じるのと同じ「喜びの感覚」を脳のなかに呼び起こすことが明らかになった。個人的な会話であっても、フェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアでの発信であっても、それは変わらない。

 日常会話の約40%は、自分が何を感じ、どう考えたかを他人に話すことで占められている。米ハーバード大学の神経科学者らが脳画像診断と行動に関する5つの実験を行い、その理由を解明した。脳細胞とシナプスがかなり満足感を得るため、自分の考えを話すことを止められないのだ。

 「セルフディスクロージャー(自己開示)は特に満足度が高い」と同大学の神経科学者、ダイアナ・タミール氏は話す。タミール氏は同僚のジェイソン・ミッチェル氏と実験を行った。研究者が呼ぶところの「セルフディスクロージャー」への傾倒度合いを測るために、人は自分の考えや感情を話す機会に対し、通常より高い価値を置くかどうかを検証するテストが実験室で行われた。また、自分のことを他の人に話している間、脳のどの部分が最も興奮しているのかを検証するために、参加者の脳の活動がモニターされた。実験に参加した数十人の志願者のほとんどが大学近くに住む米国人だった。

 いくつかのテストで研究者は、自分のことではなく、例えばオバマ大統領など他人に関する質問に答えることを志願者が選んだ場合、上限の4セントまで段階的に設けられた基準に応じて、志願者にお金を支払った。質問は例えば、その人物はスノーボードをするのが好きか、またピザにはマッシュルームをのせるのが好きかといったカジュアルなものもあれば、知性や好奇心、攻撃性といった個人的な特質を問うものもある。

 ところが金銭的な動機づけにも関わらず、参加者は自分について話すことを好むことが多かった。本来得られるであろう金額の17~25%を進んであきらめ、自分について話すことを選んだ。

 関連した実験で、科学者らはfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使用した。これは精神活動と結びついているニューロン間の血流の変化を追跡するもので、他の人について思考を巡らすのではなく、自分自身の信念や選択肢などについて話す際に、脳のどの部分が最も強く反応するかを見ることができる。

 一般的に、セルフディスクロージャーを行うと中脳辺縁系ドーパミン経路に関わる脳の領域の活動が高くなる。ここは食べ物やお金、セックスなどで得られる満足感や快感と関係している部分だ。


 だそうです。かなり根源的なもののようね。とすると自分について話していただくことはさして困難なことではないと思われる。病気について話すことは楽しいことではないから時に問診は難しい。これを応用して、自分の話したいことをいっぱい喋って弾みをつけていただくと、訊きたいことが出やすくなる可能性はあるな。

 定期的に来られている方には、疾病と関係のない話から始める方がうまくいくことは経験則としてある。これをどれだけの患者さんに広げることができるかという話だけど、ただでさえ待ち時間はBig problem となってるからなー、会話能力を高めるしかないけどどうする?でもきっと一番怖いのは、話し出すと止まらなくなる場合だろうねぇ。

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5月 15日, 2012 at 11:19 am

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肉体は神殿

 連休もあと1日である。「あと1日しかない」と思うか「まだ1日もある」と思うかであなたの人生は違ってくるよ、というのはポジティブシンキングの定番だが、そういうのとは関係なく気持ちはフラットである。「休みもいいが仕事もね!」というとこか。

 何をしたわけでもないが結構退屈もせず楽しかった。抗加齢医学の講習会や、友人やそのご家族と会ったのも楽しかったしゴルフもまぁまぁだったしな。本も10冊近く読んだが、なんといっても「1Q84」book 1,2 が印象的でした。あんまり気に入ったのでいろいろ書評も検索して読んだのだが、まっいろいろな感じ方があるもんだ。意味づけ以前に、全く退屈させないサスペンス映画を見ているような気持ちにさせるだけでも凡百の本は全く及ばない。Never a dull morment.

 あとは抗加齢医学的な介入方法についてまとめを作る。「運動、栄養、参加(慶應の坪田教授によればここが”ゴキゲン”になる。つまり社会的関係を切らさないメンタルのことだ)」がキーワードというのは決まっているが、その具体策について、個々の問題に対して学問的なエビデンスを検証しながら細かく調べる。面白い。

 

 そこで出てきた記事。5月3日に欧州心臓病学会で発表。「ジョギングは寿命を延ばす」。

研究を行ったのは、デンマークの心臓病学者Peter Schnohr博士らのグループ。定期的にジョギングをする人と、まったくしない人を対象に20歳から93歳まで2万人に35年にわたる追跡調査を行った。期間中に、ジョギングする人では122人が死亡、ジョギングしない人では1万158人が亡くなった。ジョギングによって死亡率が44%も減少。寿命についても、男性で6.2年、女性では5.6年ののびが見られた。
この健康効果を得るには、必死に走る必要はない。少し息が切れる、あるいは息切れしない、と感じる程度のゆっくりとしたペースで、週に1~2時間半程度ジョギングするのがもっとも効果的だった。
こういったジョギングによって、酸素摂取量、インスリン感受性、コレステロール値、心臓機能、骨密度、免疫機能心理学的な機能などが改善する。

 

 当たり前といえば当たり前だが、すごい死亡率の違いである。ポイントは「しんどくない程度の運動」であるということ。1日大体20分くらいの、かるーく息切れするくらい、誰かと一緒に走れば話ができるくらいのペースで、出来れば毎日。嫌にならない、終われば爽快感を覚える程度。大事なのは持続。強度ではない。毎日歯を磨かないと気持ちが悪い。同じように習慣化すること。それがコツであるが、まっ、簡単に出来れば苦労はしない。

 と書きながら、グレン・グールド氏のピアノでバッハを聴いている。この連休でバッハに目覚めたのである。本当に美しい。この変化は「1Q84]の影響かと考えればあまりにも軽薄か。

 「1Q84]では”肉体こそが人間にとっての神殿である”という言葉も出てくる。うむむむ・・・。何を祀るにしろきれいに丈夫にしておくのが基本ですが言うは易し行うは難し。どうすれば夢中でやめられなくなるか、その工夫を残りの時間で考えよう。

僕の神殿はかなり古びて痛んでるなぁ・・・

 

 

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5月 6日, 2012 at 12:59 pm

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下り坂では…

 本をネットで購入する。「下り坂では後ろ向きに」。首都大学東京の教授でドイツ文学者、丘沢静也氏の本。書評を読んで(実はあまりちゃんと読まなかった)高齢者の運動についてのメソッドが書かれてあると思っていたのである。到着した本をパラパラして、これはかなり哲学的な内容であると気がついたのだが、なかなか興味深い文章が並んでいるので、結局1時間ほどで読了した。

 30代の後半から全く運動に縁のなかった丘沢氏はジョギングと水泳を始め、今では立派な「運動習慣病」患者である。今66歳であられるが、年代にふさわしく無理をしないスローなエクセサイズを実践されており、その考え方は実際的になかなか有効である。筋トレはやはり高齢者に必要であることや、何回やるか決めるより、何分と時間を規定してその範囲でゆっくりやればよいなど、うなずけるアドバイス多し。

 しかしこの本で一番印象的なのは、そのような運動姿勢を裏付ける賢人たちの言葉の引用です。タイトルもヴィトゲンシュタインが述べている哲学する姿勢、いつも同じでなく違ったやり方を用いることの、運動における彼自身の(人生に対する姿勢もかねて)応用を表わしたもの。

 

「腰を下ろしていることは極力少なくせよ。戸外で自由に運動しながら生まれたのではないような思想は信用するな。筋肉もお祭りに参加していないような思想は信用するな。すべての偏見は内臓に由来する」(ニーチェ)

身体は大きな理性だ。一つの意味を持った多様体だ。(中略)「私は」と君は言ってその言葉を自慢に思う。「私は」より大きなものを君は信じようとしないがー「私は」より大きなものが君の身体であり、その大きな理性なのだ。大きな理性は、「私は」とは言わず、「私は」を実行する。(ニーチェ)

神はお急ぎでない (ガウディ)

人間の身体は、人間の魂の最上の姿である (ヴィトゲンシュタイン)

自分の中に「自分」を求めようとすると、迷路に迷い込むだけだ。自分の中に「自分」を探すのではなく、自分の外に「自分」を求めなさい。自分の外に「自分」を探しなさい。外からの課題に身をゆだねることによって、あなたは自分に出会うだろう。(ルドルフ・シュタイナー)

 

 どう?いいでしょう。運動は万薬に勝る。「気晴らし」(もともとのスポーツの語源)としての、しんどくないスローな運動を、地道に続けましょう。言うは易く・・・なんて言ってないでね。

久々の岩波書店

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4月 22日, 2012 at 9:22 pm

Posted in 抗加齢,

それは手だ!

昨日は校医をしているS中学の検診に行った。3年生、244名である。聴診器を入れている耳が痛くなり、続けて診察をするので滅多に凝らない肩が痛くなってくる。肉体労働である。

 

S中学は珍しくラグビー部のあるところで、神戸製鋼とかの結構有名どころのラグビー選手を多く輩出している。名門校である。

3年生のラグビー部員となるとおっさんだ。僕より体も大きくヒゲなんかもうっすら生えたりなんかしてさ。 女の子なんかも大人っぽくなってるし、検診って結構楽しいんじゃない?なんて言う人もいるがとてもそれどころではない。 午後診の時間は迫ってくるし、ガヤガヤやたらうるさい生徒諸君を並ばせるのに先生は声を張り上げるし、緊急の携帯は鳴るし、なんか気が遠くなってきた。

薄れ行く意識の中でぐるぐる変わる生徒諸君を診察しているうちに気がついたことがある。

 

僕よりおっさんに見えるボクも、不良予備軍の悪ぶってる彼も、おばちゃん?みたいな彼女も、一見年齢不詳かもしれないがみんな手が幼いのである。 手が子供。 つやが良く、血色がよく、プックリしている。細胞が若い。

 

手は年齢を表すというのはよく言われる。しわ、シミが加齢と主に増え、張りがなくなる。その変化は顔以上、特に男性は手に気を使わない分だけ著明に現れる。 昔知り合ったある男性は(奥さんがアメリカ人だった)、ふと気がつくと手が本当にきれいだった。そのことを指摘すると、彼はその当時男性は全く対象外だったエステに行っていると言った。「いや、嫁さんがね、営業職だったら見かけを絶対ちゃんとしなくちゃだめだって言うんですよ。で、つてをたどってね、月に1回、顔とか手とかやってもらってるんです。いやー、嬉しいなー、わかってもらえて」。 仕事で彼と知り合ったのだが、確かに彼はダントツで優秀であった。今頃どうしているかな。

 

手は実は病気もよく表す。貧血は爪をだめにするし、案外変形も多い。 診察の時、手を見ていたら患者さんが「先生、何見てんですか?」と言うので「手相」と言ったら「そうなんだ」と言われた。不徳の致すところである。

 

手は病気以上に生活環境が現れる。 余裕がないと手までまわらないもんね。女性は先刻ご存知だろうが。

 

手は脳の延長で、神経の先端が形になっていると思ってもいい。 ボケないためには「ばくちでもいいから手を使え!」という教えもあったな。 これからもっと手に注意をはらわなくっちゃ、と思っているうちに最後のボクが終わった。

つぼ、ってのもありましたね。

 

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4月 14日, 2012 at 4:00 pm

Posted in 医学,抗加齢

修行としての音楽鑑賞

 昔からなぜか前衛ジャズが好きであった。

 「ぴーーーーひょろろろぐぁんん、がっしゃんーーーー!!!!」というのが何故か不快に感じず、何がいいか人に説明も出来ないのだが、「ほー・・・」と思いながら眠りもせず耳に集中していた。20歳の頃、セシル・テイラーなんかも聴きに行ったなぁ。

 甘ったるいのは嫌いである。いわゆるカクテルジャズというか、ホテルの最上階ラウンジなんかでかかっている思い入れたっぷりの女性ヴォーカルの歌うラブソングなんざぁ全く心に触れて来ないのである。

 快適な音楽が嫌いなわけではない、というか非常に好むのであるが、肌触りとしての好き嫌いが頑としてある。

 ベトベトはだめなようだ。

 女性の好みも男っぽい方が好きである。

 話がずれた。ともかく大音量でアルバート・アイラーやらアーチー・シェップなんかを聴いていると頭がクリアーになってくる(ような気がする)。思うにだなぁ、ホルミーシスという医学上重要な概念があって、それは簡単に言うと「人間が許容できる範囲のストレスは、むしろ人間をスポイルするよりも鍛え、能力を向上させる」ということになるのかな。過度のストレスはだめだがほどほどはむしろ必要である・・・と。

 考えとしてはしっくりしますが、思うに前衛ジャズというのはこの適度なストレスを脳に与えているのではないかな。媚びるような甘い音楽は耳を通り過ぎていくだけだが、強いエモーションを持った破壊的な音は脳を活性化する・・と。破壊的な音の中に急にロマンチックな音が挟み込まれたりすると、これは非常に効く。このテンションの変化、強弱も頭をグァングァンと揺らして活性化させる気がする。

 音楽療法というのがあり、これは主として回想的に音楽を使ったり、リズムの楽しさを覚えていただいたりして高齢者の方のリハビリテーションに用いられるのだが(もっと応用範囲は広いが)、我々の世代はこの程度では効かず、やはり後期コルトレーンみたいなのを聴いて頭を鍛えるべきではないか、なんて思います。昔のポップソングばかり聴いてないでさ。

この前衛ジャズのコンピはかなりいいです。

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4月 2日, 2012 at 12:04 am

Posted in 音楽

2年連続ゲット!

 デイサービスの管理者、マラソンマンK君から連絡がきた。

 「大阪府から事業所評価加算を 算定できるとの通知が来ました!」・・・事業所評価加算とは何か?

 

下記の3つを満たす事業所に介護保険上の請求に加算が認められる。

①利用実人員数が10人以上であること。

②評価対象期間内に選択的サービスを利用した者の数/評価対象期間内に介護予防通所介護又は介護予防通所リハビリテーションをそれぞれ利用した者の数≧0.6。

③要支援度の維持者数+(1ランク改善者数+2ランク改善者数)×2/評価対象期間内に選択的サービスを3月以上利用し、その後に更新・変更認定を受けた者の数≧0.7であること。

 

 ややこしいが、デイサービスに行くことでその方の介護度が軽減されたという客観的証拠があるということを示す。パワーリハビリなどの効果がちゃんと上がっているという確固たる証拠。

 大阪府でデイサービス、デイケアなどの通所サービス事業所は1400くらいある。その中でこの加算が認められたのは100程度である。僕たちの地域である城東区では2か所だけであり、しかも昨年からこの加算が始まったのだが、2年連続なのはうちだけ!なんだなぁ。

 昨今僕たちと同様マシントレーニングを取り入れているデイサービス、デイケアが増えている。だけど高齢者におけるマシントレーニングは若い奴と同じでは絶対にいけない。危険なだけ。歩行能力は筋力ではない。関節のポジションであり、そのための有効な筋肉の使い方なのである。

 少し筋力が上がればそれなりの改善が見られるかもしれないが根本的な解決策ではない。そういったちゃんとしたセオリーがあるのだが、果たしてどれだけの事業者がそれを理解してやっているのだろうか?びっくりするくらいお粗末とはっきり言ってしまおう。

 利用者さんにとってもスタッフにとってもグッニューース!でした。3年連続を目指し工夫していこうね。

 

P.S.

 ドクターデヴィアスという化粧品会社の広報誌 orga world  にインタビューされたのが載りました。今の抗加齢医学のごくさわりをお話ししたのですが、うまくまとめて下さっています。カメラマンの方も来てバシャバシャ撮って行かれたのですが、載っている僕の写真を見ると、ベストの顔がこれかと・・・・ガクッ。現実を見よ。

 

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Written by kiyo

3月 30日, 2012 at 10:39 pm

Posted in 仕事,医学,抗加齢

カム、カム、エブリボディ!

 昔から早食いであった。

 考えてみれば小学校の時、隣の席の上農君(今は兵庫医大の麻酔科教授である)とどちらが早く給食を食べるかいつも競争し、常にどちらかがクラスで1番だったような記憶がある。勝ったら喜んで椅子に座ったまま後ろに倒れこんでバタバタいわしたり、ばかだったなぁ。小学校5年生くらいだったと思うけど今でもあまり変わっていないのかもしれぬ。公的には僕は自称小学5年生である。

 医者になってからは早食いに拍車がかかった。循環器の医者の特長は「腰が軽い」ところである。「あっ!」と言われれば「うん!」と答えて走っていかなければならない。お昼ご飯なんざ平均所要時間は5分である。今でもカレーライスは(どんなやつでも)1分で食べる自信がある。・・・自慢にならんなぁ。

 早食いはみっともない。合コンっぽい食事会で、「あまり早く食べてるように見えないのに、とても食べるのはやいですね」と言われた記憶がある。1回量が多いのである。しかしいったい何をしていたのだろう。目的が全く分かっていない。

 噛まずに呑んでいるのですね、これは。実は極めて健康に悪い。で最近は意識して念入りにゆっくり噛むようにしている。出来れば30回。早食いの人の特徴で、あまり噛んでいると食べた気がせえへんわ、というのがあるのだが(ビールじゃないのに喉ごしで味わっているのですね)、やってみるとなかなかこれはよろしい。ちゃんと食事をしている、ものを食べているという気がしてくるし、味もよく判るのである。

 それにも増して、①食べるスピードが遅くなると満腹中枢が反応するまでの時間、食べる量が少なくて済む。つまり肥えにくくなる ②消化によろしい ③唾液分泌が増し、唾液に含まれる免疫機能、抗がん作用の増強が期待できる ④唾液分泌により口腔内が清潔、虫歯の予防になる ⑤咬筋が鍛えられ表情が豊かになる ⑥噛むという行動は脳機能を活性化すると証明されている。歯が悪くなるとボケやすいというのは証明されているのだ。

 と、いいことずくめですね。なにより上品でよろしい。食べるのがゆっくりだと他の行動もおっとりとして来るようで、大人になった気がします。

 というわけで、皆さん、よく噛むように。30回って案外早いです。しかし僕の場合、噛むスピードがだんだんはやくなって余計せわしなくなったりするかもね。気をつけよう。

 

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Written by kiyo

3月 25日, 2012 at 11:45 pm

Posted in 医学

イスタンブール、 インカム ハズ カム、 DCPRG

 1週間ほど日本を離れていた。おもにイスタンブールにいたのですが、いいところでした。交通事情はすごいですけど。2車線道路は完全に3車線の感覚で、街中をタクシー、100㎞は出してたね。大阪人もびっくり!

 国よりも国民性。トルコの人は親日的というのが一般的ですが、そういった事をのけてもビジネスライクでない人が多い印象をうけた。そして外国に行った方が必ず持つであろう「日本てええ国やなぁ」という気持ちも。海外に行くのはpleasureだけでなく軽いストレスを受けて精神的に少し変わるのが一番の効用という気がする。国内旅行だとそうはいかない。

 でお休みの間スタッフは着々と仕事をしてくれていて、外来もかなり模様替えした。新規導入の一つがこれです。              

                 

 インカムといってコンサートなんかでスタッフが付けて相互に連絡取るやつ、ハンディタイプのトランシーバーね。インフルエンザが今も流行っていますが、感染した患者さんを別の階の待合室へ誘導したりとかスタッフは院内をいつも動いている。そうした時ちょっとした連絡が取りにくい時が結構多く、それで時間を取られたりするのが無駄なので導入することにした。

 なかなかカッコよろしい。何よりもスタッフ同士各々の連絡が早くなったのでミスも減るだろう(どうしたって小さなことは起こる)。これもアイデアはスタッフからで、いいと思うことはどんどんやってくれたまえ。あらかん(還暦近し)の院長は新しい刺激を受けて老けないように気をつけるよ。

 で最近はDCPRGを聴いている。さいこーです。天才(そして変態)菊池成孔選手の昔からやっているユニットだが、Date Course Pentagon Royal Garden (なんのこっちゃ)の略。今の自分にはこれほどマッチした音はなく、毎日聴かずにはおられない。おおざっぱに言うと「これ昔のエレクトリック・マイルス?」と言う人は言うだろうが、ぜーんぜん違う。もっと優しいです。今度菊池選手はジャズの名門レーベル「インパルス!」の50年の歴史の中で初めてアジア人として専属になりDCPRGのアルバムを出した。もうすぐ新しいアルバムが出る。わくわくだー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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3月 18日, 2012 at 10:45 am

Posted in 仕事,日記,音楽

究極の通貨

 友人に貸していた「HAPPIER」という本が帰ってきた。「より幸福に」という意味である。ハーバード大学で「肯定心理学(ポジティブサイコロジー)」を教える心理学博士であるタル・ベン・シャハー氏が著者。2006年度のハーバードで受講者数ナンバー1という人気講座のエッセンスをまとめたものである。

 ポジティブサイコロジーは幸福に関する学問で、シンプルに言うとどうすれば幸福になれるかということを研究するもの。いい加減な精神論でなく、実験的なものや統計など学問的エビデンスからそれを考察する。人気講座にもなるわな、と思う。以前読んだ時もなかなか感銘を受けたのだが、再読して一層腑に落ちました。

 「幸福とは、喜び(pleasure)と意義(meaning)の同時体験である」と言い切る。今の楽しい悦楽と、未来に生きる意義や意味のある行動、その二つが伴わないと幸福になりにくい。どちらか一つだと不幸に陥りやすい。

 そして幸福こそ人生で最も追求すべきものである。金や名声ではない。ビジネスの分野において資産が現金に換算されて初めて価値を持つように、人生という分野においては、富みや名声は幸せに換算されて初めて価値を持つ。どうすれば金が儲かるかでなく、どうすれば私が幸福になるか、それを価値の基準にすること。

 この2つがキモですが、その考え方をを習慣にすること。そのための方法が説得力のある文章で書いてある。やることを多くし過ぎない、自分の心を振り返るやり方など…。後書きで「訳しながらつくづく感じたのは、この人ってなんといい人なんだろう」と書かれていますが、確かに僕もそう思う。だけど素晴らしいことじゃないか。

 あぁそうだねーと心にしみた。幸福は最終最強通貨です。お金よりもこいつを貯めましょう。結構僕は影響受けそうです。外来をしていると不幸になりたがっている、幸福を拒否しているかのような方に多々会うのですが、勧めても読んでくれるかなぁ・・・。

損はしないよ!

 

 

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Written by kiyo

3月 4日, 2012 at 10:23 pm

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見かけを若くする

 ニュースをチェックしていると 「65歳以上は高齢者」見直しを という見出しが眼に飛び込んできた。フムフム。外来で患者さんを診ていると、確かに65歳というのは全然若いなぁと思うことが多い。イメージとしての高齢者は75歳以上か。65から75歳というディケイドは高齢ビギナーというか見習いという感じです。まだまだ本番ではありません。医学的な区分の変更かと思ってたら、実はニュースはこう続く・・・

 政府は65歳以上を一律に「高齢者」と位置づける現行の定義の見直しに着手する。5月をめどにまとめる「高齢社会対策大綱」で、高齢者も可能な限り「支える側」に回る考え方を打ち出す。元気に働くシニアも多く、すべて「弱者」と見なす仕組みでは、現役世代の負担増大に歯止めがかからないためだ・・・

 なんじゃらほい。税金の話である。ともかく何とかしてお金を取ろうという話だなぁ。いや、気持ちはわかるよ。人口構成が変わるから当然考えていかなくてはならない問題ではあろう。それがムッとくるのは、もうちょっと何とかせいよという部分を知らぬふりをしてこう持ってくるからなんだが。

 この話は置いといて実年齢の話だが、実際高齢者の身体能力に関しては、昭和の頃と比べ10年は若返っているとデータで示されている。

 また見かけで若く見える人も増えているが、若く見える人は実際に長寿であることも1卵性双生児を使った(つまり遺伝子構成は同じわけだ)デンマークのスタディで報告されている。70代以上になると双子でも外観の印象が変わってくる。それは40代以降のライフスタイル違いによるところが多い。どちらかがより若く見えるという差も出てくるわけだが、それを判定して7年後調べると、老けて見えた方の死亡率が明らかに高かったのである(British Medical Journal, 2009) 。

 ということは暦の年齢より見かけの年齢の方が実際の年齢というか老化を反映しているということになる。化粧でごまかすのはナシね。見かけの年齢がその人の内臓の年齢、とくに血管の年齢を示しているという印象は多くの医者が感じていることではなかろうか。

 見かけとは何か?皮膚がツヤツヤ、表情が豊か、姿勢がいい、皮下脂肪が少ない、動きが素早い…ここら辺が若い印象だなぁ。と考えると、これらは必ずしも実年齢が若いことが絶対条件でないということが分かる。そういうふうになるには何がポイントか?これは運動量だと思う。日常生活でどれだけ動いているか。人が老いるのは年齢のせいではない。それは動かなくなるからだ、というのは確立したセオリーである。

 若者のように動くこと、10代のライフスタイル、そんなことを意識しているだけで変わっていく可能性がある。「そんなこと出来るわけない…」、そう思った時点で君は老人である。実年齢が80代であろうと「おお、わかった!」と言えればあなたは若者なのである。

 50歳からのポイントとしては週4日有酸素運動(ジョギングより早歩きが安全)、2日筋肉トレーニング(ウエイトは軽くていい)。毎日ストレッチ(関節の柔軟性は一番大事だ)。実行すると間違いなく最低5歳は若返る。実行!

この双子の違いはどこから生じたのでしょう?

 

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Written by kiyo

2月 26日, 2012 at 12:33 pm

Posted in 抗加齢